前回は、大阪市中央公会堂B1F第4会議室で行われた「看護医療ゼミ」の前半をご紹介しました。血液透析センターで20年以上の看護の経験をベースに持つ野田夕子先生は、看護師が挑むべき「全人的」ケアの重要性を強調しています。「全人的」とは、人の病状だけ、身体的な側面だけを見るのではなく、精神面や人格、社会的立場なども含めた大きな観点から総合的に向き合うことです。患者も在宅ケアサービス利用者も、そして看護師も介護士も、立場は違えど皆同じ人間です。「福祉施設で看護師にできることってなんだろう?」「このままでいいのかな?」そのような悩みを抱える方に、人間らしく、当たり前であることの大切さと難しさを気づかせてくれるセミナーとなりました。今回はその後半をレポートします。

今回のセミナー会場となった大阪市中央公会堂(大阪市北区中之島)
高いスキルの看護師、介護士に不足しがちなこと
とても真面目で勤勉な看護師であるがゆえに陥ってしまう問題点もあります。人は専門性の高い知識を持つと無意識のうちに視野が狭くなり、目の前で起きていることに対する柔軟性を失ってしまいがちです。知識が多いゆえに自分の経験や判断だけに頼りがちになってしまったり、物事を複雑に考えすぎてしまったり、といった弊害が起こりえるのです。野田先生はこのようなときこそ、「真のニーズは何か」「誰のためのプランなのか」という基本に立ち返ることが大切だと説いていました。
また、たくさんの人が働く職場では、新人職員や資格を取得したばかりのスタッフの意見を聞き入れず、結果的に人間関係がこじれてしまうケースも見られます。看護師の養成校では、毎年最新の情報を盛り込んだテキストが配布されていますが、こうした最新情報を身につけてやってくる新しい仲間に対して「新人だから」というだけの理由で適切なコミュニケーションを取ろうとしないならば、やがてはそれが職場のモチベーションを下げることに繋がり、結果として看護や介護の質を下げることにもなりかねません。ベテランスタッフも常に情報の上書きが必要であり、目の前で起きていることをより客観的に見るスタンスが大切、と野田先生は語ります。
コミュニケーションスキルを上げる
医療の世界では、1990年頃からエビデンスに基づいた合理的で科学的な医療が推奨されてきました。特に高齢者では複数の疾患が内在することもあるため、治療のみで解決しがたいケースがあります。そのような時はナラティブな関わりを持って、利用者の心に寄り添った看護が役立つかもしれません。ナラティブに基づいた医療・看護とは、相手の生活習慣や信条、自己概念や死生観を知って良好な関係を築く考え方です。
たとえば、足が痛いと訴える高齢者に対して「薬と湿布を出して様子を見ましょう」というのではなく、「以前はよく奥様と近所の美味しいコロッケ屋さんに行かれてましたね」のように、少しでも生活のなかで歩く意欲を持てるような働きかけがそれにあたります。「あなたのために言っているのだ」というスタンスではなく「具合はいかがですか?少し歩きませんか?」と、看護する側がまず自分の意思表示をすることが重要なのです。今回のセミナーでは、こうした人間関係を構築する会話の練習にもきちんと時間が割かれておりました。

野田夕子先生(休憩中、受講生の個人的な質問にも快く応じていらっしゃいました)
エンパワーメントの効果と成果
介護サービスの利⽤者が本来持っている前向きな気持ちを引き出すには、介護・看護職員のエンパワーメントも大切です。職場の環境が悪ければ、提供するサービスの質が低下し、業績の悪化にもつながりかねません。スタッフ同士の意思疎通ができていないと、職員個々のモチベーションが低下するばかりか、その雰囲気は利用者の方々にも伝わってしまいます。
職場の環境を良くするには、相談と報告の区別をしっかりとして、相談の場合は同じ意見でなくても否定せず、目的を明確にして結果を報告することです。チームのなかで自分の役割はどこにあり、どのような提案をすればいいのか、悩まれている方も少なくないでしょう。野田先生は透析患者を支援する看護師でありながら、経営者でもあります。ご自身の経験で組織内の数々の問題にあたり、実績に伴った見方を紹介するなかで、自分で選択した仕事として使命感を持つことの大切さを教えてくれます。ちなみに今回のセミナーでは、自らのプレゼンテーション能力を高めるための基本的な考え方についてのレクチャーも行われました。
看取りの問題
すでに少子高齢化社会に入った日本では、今後も年間の死亡者数は増加傾向にあると予測され、2015年に比べて2040年にはおよそ36万人も多くの方が死を迎えると試算されています。全人的な看護の極みは、その人がどのように命を引き取るか、つまり看取りの問題に帰結するといっても過言ではありません。
「介護・看護スタッフに、看取りに関する意識と理解があれば、自宅、または自宅に近い環境で最期を迎えることができる」と野田先生は語ります。この観点からすると、看護師は、医師、家族、現場スタッフとの共通理解のもとで、「状態変化」と「緊急を要する急変」の違いを見極めることが大きな役割となるでしょう。不十分な情報や経験不足からこの判断を怠ると、本人や家族の意思に反して病院へ搬送されてしまい、結果として「自宅外」で亡くなることとなります。現在、日本では全死亡者数の80%以上の方々が病院で息を引き取ります。しかし、半世紀前の1950年代には約90%が自宅での看取りでした。終末期の医療に関して「最後まで自宅で療養したい」または「自宅で療養して、必要になれば医療機関などを利用したい」といった意見は全体の約6割にも上ります。しかし、実際は「最後まで自宅で暮らすのは無理だろう」と考え、半ば諦めている方々が大半です。在宅での看取りに際して大切なのは、ご本人の意思を中心に、それをかなえることが可能なのかどうか?という観点、つまりご家族の受け入れ状況や支え得る社会資源が確保できるかどうかを多角的に考え合わせる必要があるということです。

国民の意識 終末期の療養場所について – 厚生労働省 (http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-12404000-Hokenkyoku-Iryouka/0000161550.pdf)
在宅医療の最近の動向(P4:死亡場所の推移) – 厚生労働省 (http://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/iryou/zaitaku/dl/h24_0711_01.pdf)
在宅医療を支えるために
最後に野田先生から、在宅医療に必要なポイントを7点、教示していただきました。
- 一、まずは重度化予防のために、近隣住民の方々とのつながりも大切にすること
- 一、ご本人、ご家族の本当のニーズを知って、解決できる問題に取り組むこと
- 一、看護・介護スタッフのターミナルケア知識を常に向上させること
- 一、他職種連携で、発症前から看取りまで、トータルにかかわる方法を検討すること
- 一、相互の協力体制を構築しておくこと
- 一、連携医や訪問看護と情報交換をしておくこと
- 一、書面で看取りプランを提示し、状態に応じて意思・同意を確認すること
安全・安心が「最低限の義務」であり、同時に「最高のサービス」でもあると考える今回のセミナーでは、看護師ならではの悩みや疑問、矛盾点について、講師の野田先生に共感するシーンが数多くありました。野田先生を含め受講者の方々が一緒になって考えを巡らせる「生きた実例」が多数提示されるなど、とても実践的なセミナーでもありました。これほど内容の充実したセミナーへの参加は、看護師一人ひとりの問題意識の改革やスキルアップに必ずつながるはずです。日々の忙しさについ流されてしまいがちですが、全国各地で開催されているこうした学びの機会に、ぜひ参加されてみてはいかがでしょうか。
看護医療ゼミ
http://www.kangoiryo.com/
講師プロフィール/野田 夕子(のだ・ゆうこ)
京都府や奈良県の病院にて内科・外科・精神科急性期・認知症病棟・透析センターにて22年間勤務。
透析センター師長として透析患者受け入れ施設へ終業後ボランティアで学習会などを積極的に開催。
地域の透析患者受け入れと介護現場のスキルアップに努める。
平成25年7月にAdvanceを設立。現在、株式会社となる。
奈良、大阪、和歌山、滋賀の4県で「医療的介護塾てらこ」(個人向け・法人向け)在宅療養をより良くを掲げ、幅広く活動中。(現在多忙にて個人向けは休校、施設向けのみ続行)
介護業界のみならず、住宅関連、通信関連会社からも講演依頼あり 実績は年間250本を超える。