かつてどの国も経験したことがない急速な超高齢社会が進む我が国において、認知症患者の数も今後ますます増えていくと予想されています。厚生労働省は「2025年に認知症を患う人は700万人を超える」との推計値を発表しています。認知症の患者様と、サポートしているご家族に重くのしかかる負担をいかに軽減していくかは大きな社会的課題です。そして同時に、認知症患者に対して正しいケアを行うことのできる看護師の役割も、ますます重要になってきています。今回は、認知症患者に対する看護師の役割を考えていきます。
「認知症疾患」を理解する
認知症は単なる老化による物忘れとは違い、脳の神経細胞が壊れるために起こる病気です。認知症の中でもっとも多いとされる「アルツハイマー型認知症」は、脳の機能の一部が萎縮し、神経細胞がゆっくりと死んでいく変性疾患の一種です(他にも前頭・側頭型認知症、レビー小体病なども変性疾患にあたります)。
アルツハイマー型認知症に次いで多いのが、脳梗塞、脳出血、脳動脈硬化などの影響で神経細胞が死んだり、神経ネットワークが壊れてしまう「脳血管性認知症」です。これは認知症全体の約20%を占める病気とされ、一部の記憶が保たれたまま部分的に記憶が抜け落ちることが特徴で、アルツハイマー型認知症よりも病状の進行が早いケースが見受けられるようです。
いずれの認知症も、その初期段階では加齢による物忘れのように見えることから、病気であることの判断が難しいと言われています。日常生活の中で気力をなくしてしまう、外出を嫌がる、話が通じない、外出すると一人で戻ってくることができない、といった症状が約6か月以上継続する場合、認知症であることが疑われます。
日本における認知症対策
日本においては、戦後のいわゆるベビーブーム世代が、西暦2025年には3,657万人に達すると見込まれています。厚生労働省では、認知症の患者様の意思が尊重され、できる限り住み慣れた地域のよい環境で自分らしく暮らし続けることができる社会の実現を目指す「認知症施策推進総合戦略(新オレンジプラン)」を、2015年1月に発表しました。その主な施策は以下の7つです。
- (1)認知症への理解を深めるための普及・啓発の推進
- (2)認知症の容態に応じた適時・適切な医療・介護などの提供
- (3)若年性認知症施策の強化
- (4)認知症の人の介護者への支援
- (5)認知症の人を含む高齢者にやさしい地域づくりの推進
- (6)認知症の予防法、診断法、治療法、リハビリテーションモデル、
介護モデルなどの研究開発及びその成果の普及の推進 - (7)認知症の人やその家族の視点の重視
厚生労働省ではこのような取り組みを通じて、社会全体で認知症患者を支える基盤として、認知症の理解を深めるための普及・啓発を図っています。
日常生活のアセスメント
認知症は、症状が進むにつれて問題が徐々に顕在化していきます。落ち着きがない、ケアを拒否するなどの些細な症状からはじまり、徐々に患者様やご家族が社会的な困難に直面することが増え、同時に生活の質も低下していきます。患者様やご家族がつらい状況に陥る前に、介護職員が患者様の病状等の情報を共有し、一貫性のあるケアを行うことで、患者様をできるだけ混乱させない配慮が必要です。
また入院した患者様のケアにあたる看護師は、患者様の行動パターンや心理状態を理解して、ケアを受け入れてもらうためのアプローチから始めます。認知機能障害に加え、行動・心理症状(BPSD)との因果関係を知り、入院・入所に伴う不安や混乱を予測した対応を行うことが必要です。また医師や介護士とのスムーズな連携も大切な役割です。
認知症患者の観察ポイント
- 身体症状の影響
- 便秘・発熱・脱水や疼痛、その他、慢性疾患の急性増悪などの症状がないか
- 本人にとって落ち着く環境であるか
- 騒音・光・臭気などの不快な刺激がないか、なじんだものが身の周りにあるか
- 症状出現の時間
- 落ち着きがなくなる決まった時間帯などがないか
- 行動のきっかけや目的
- 前後の経緯より、きっかけとなる出来事がないか
(本人の認識の中では何歳くらいであり、どのような役割を担っているのか)
- 睡眠・覚醒リズム
- 睡眠時間、中途覚醒の有無、熟睡感はあるか、日中の傾眠の有無
落ち着きがない要因とアセスメント

日本看護協会:『認知症ケアガイドブック』PDF(一部のみ公開中)P89(https://www.nurse.or.jp/nursing/practice/ninchisyo/pdf/careguide.pdf)
地域包括ケアシステムと他職種連携による支援
住み慣れた地域で、最期まで自分らしく暮らしていけるよう、高齢者に様々な支援をする体制が「地域包括ケアシステム」です。特別養護老人ホームへの待機者が増え続け、在宅介護ケアの供給も不足している現在、認知症者の早期発見・早期対応が求められています。そのためには、地域行政や医療機関の密接な連携がますます重要です。都道府県及び政令指定都市が指定する病院には、地域のかかりつけ医や施設、介護事業者が連携して認知症の相談に応じる専門機関「認知症疾患医療センター」が設置されています。ここでは認知症に関する専門医が診断、治療を行い、精神保健福祉士、社会福祉士などがサポートする体制の中、専門知識を有する看護師が数多く活躍しています。
また、介護士のなかには日本認知症ケア学会が認定する「認知症ケア専門士」の資格を取得している方もいます。この資格は2005年から始まった更新制の民間資格制度で、全国で3万人を超える有資格者がいます(※)。認知症患者に対する専門的な知見を備えた上で、分野ごとに異なる専門スタッフたちと適切に連携することは、より質の高いケアに役立てる上でたいへん重要です。
※2017年9月現在
認知症看護認定看護師とは
日本看護協会でも、2006年より認知症看護の認定制度が導入されています。「認知症看護認定看護師」は、救急看護や緩和ケアなど、認知症との関連が深い21の分野に精通している認定看護師のひとつです。この資格を取得するには、看護師資格を有し、看護師の実務経験が5年以上、うち通算で3年以上その専門分野での看護経験が必要です。さらに専門の教育課程で半年間学ぶことで認定審査の受験資格を得ることができます。この認定審査に合格することで、認知症のプロフェッショナル看護師と認定されます。2017年までに1,003名がこの資格を取得しており、高まるニーズとともに受験者も毎年増加しています。

日本看護協会/分野別登録者数/認知症看護認定看護師数推移(http://nintei.nurse.or.jp/nursing/wp-content/uploads/2017/08/17cn_ed201707.pdf)
認知症看護師は今後ますます重要に
現在、患者数がもっとも多いアルツハイマー型認知症は、進行を遅らせることはできても完治はできません。症状が進むにつれて、どれだけ看護をしても、看護されたこと自体を忘れてしまうことも頻繁に起きます。患者様から「ありがとう」という言葉を得られず、コミュニケーションが次第に困難になるにつれ、介助者自身の精神状態が不安定になってしまうこともあります。
認知症は、患者様ご本人をはじめご家族の皆様、さらには社会全体にとっても切実な問題です。正しい情報に基づいた認知症ケアを的確に行える看護師に対するニーズは今後ますます高まっていきます。そしてさらには、認知症認定看護師を中心とした院内の体制づくりを推進するリーダーの存在も重要になってくるはずです。