患者様の症状を察知して適切なケアを
食べ物を口から胃や腸などの消化管へ送り込むための一連の流れが、疾患や老化による機能低下などの原因によって阻害されてしまう状態が「摂食・嚥下障害」です。
看護師は、病棟での嚥下障害リスクの発見をはじめ、在宅・高齢者施設へ嚥下障害リスク情報を適切に伝える橋渡し役などを担います。さらに、日々の安全な食事介助や訓練を定着させるのも看護師の仕事として挙げられます。これらは一見地味な業務で、効果も見えにくいですが、患者様のその後の生活を支えるための重要な役割と言えます。
摂食・嚥下のメカニズム
「摂食・嚥下」は、食べ物を認識してから、口を経由して胃の中へ送り込む、一連の動作のことです。それらを次の①~⑤のように5段階に分けて「摂食・嚥下の5期」と呼びます。
- ①「先行期」
- 目で見るなどして食べ物を認識し、口に運ぶ前の時期。食べられる物か、硬さはどうか、一口で食べられる大きさかなどを判断します。
- ②「準備期」
- 口の中に食物を送り込み、咀嚼して、食塊(まとまりがあって柔らかく咽頭を通過しやすい一塊の食物)を形成する時期。顎や舌、頬、歯を使って、唾液と混ぜ合わせます。
- ③「口腔期」
- 舌を使って食塊をのどへ送り込む時期。口の上側にしっかりと舌を接触させることで、口の中の圧を高め、送り込む動作を促します。
- ④「咽頭期」
- 嚥下反射を起こして食塊を咽頭から食道入り口へ送り込む時期。軟口蓋が鼻腔の入口を遮断し、食道の入口が開くのと同時に喉頭蓋谷が下降します。
- ⑤「食道期」
- 食塊を食道から胃へ送り込んでいく時期。食道入口の筋肉は収縮し、食塊が逆流しないように閉鎖します。
これら5つの段階のうち、どこかの段階で障害が起こることを「摂食・嚥下障害」といいます。主に脳血管疾患や神経疾患、口腔がんなど様々な疾患や、加齢が原因となっています。中でも加齢によるものは、以下の理由で摂食・嚥下障害を起こしやすくなります。
- 歯の欠損
- 舌の運動機能の低下
- 咀嚼能力の低下
- 唾液分泌の低下
- 口腔感覚の鈍化
「摂食・嚥下の5期」のうち、どの期で障害が発生しているかにより、患者様への対応が異なってきます。嚥下造影検査や嚥下内視鏡検査など詳細な機能評価を行った上で、ケア方針を決定していきます。

摂食・嚥下障害者の割合は、医療療養、介護療養、老健、特養で4割を超える。
国立長寿医療研究センター
摂食嚥下障害に係る調査研究事業報告書 P10 摂食・嚥下障害の割合(http://www.ncgg.go.jp/ncgg-kenkyu/documents/roken/cl_hokoku1_23.pdf)
摂食・嚥下障害の症状の察知
病棟業務の中で、摂食・嚥下障害のリスクを抱える患者様を発見するのは看護師の役割として求められます。食事中はもちろん、就寝中も含めて観察をし、危険信号をいちはやく察知してあげられるよう心がけましょう。
典型的な症状は、飲み込みにくい、むせる、といったもの。特に「むせこみ」は、判断するための重要なポイントです。間違って気道に食べ物が入りそうになると、防御反応として「むせこみ」を起こすことで気道の外へ追い出そうとします。食事のとき日常的に「むせこみ」が起こる場合や、唾液で「むせこみ」を起こすことが多い場合は、「摂食・嚥下障害」の可能性が高いことになります。患者様が食事するところを観察して、「むせこみ」や、「湿性嗄声」(痰が絡んだようなごろごろとした声)などがないかを注意しておくことが大切です。
また、患者様の中には摂食・嚥下障害を思わせる明らかな訴えがない、という場合もあります。食事中の症状ではなく、夜間に咳こむ、発熱を繰り返す、体重の減少、脱水などの症状が、実は嚥下障害によるものであったというケースもあります。
摂食・嚥下障害を起こすと、食べることが困難になり「低栄養」や「脱水」、食べ物が気道に入ることによる「誤嚥性肺炎」を引き起こすことがあります。さらに、飲食の楽しみを失ってしまいQOL(生活の質)が低下することも大きな問題です。

第54回日本老年医学会学術集会記録/超高齢社会における誤嚥性肺炎の現状(大類 孝)
図1 肺炎入院患者における誤嚥性および非誤嚥性肺炎の年齢別割合(https://www.jstage.jst.go.jp/article/geriatrics/50/4/50_458/_pdf)
摂食・嚥下障害のケア
摂食・嚥下障害看護では、患者様の現在の摂食・嚥下機能を評価しながら、適切なリハビリを行っていきます。食事の物性や介助方法はもちろん、基礎疾患や心理面なども踏まえたトータルでのアプローチが必要となります。
食事介助の方法と注意点
食べるスピードが速かったり、一口の量が多くなりがちな患者様には、食事の際に看護師が見守ることを心がけましょう。患者様によっては「自分で食べられる!」と怒りだすかもしれませんので配慮が必要ですが、やはり看護師が食べるスピードや一口量を調整すべきです。
スプーンの大きさや形状によって一口量を調整する方法もあります。「口の中に取り込みやすい大きさ」、「ボール部ができるだけ平ら」、「柄が持ちやすい」などが選択のポイントです。ただし患者様が自分で食べる場合は、例えばボール部の小さなスプーンではゼリー食などすくいにくい場合もあります。その場合は適宜介助が必要です。
摂食・嚥下障害のケアでは食事姿勢も重要となるため、間違った姿勢をしていないか食事前にポジショニングをチェックする配慮が必要です。患者様によっては、長時間座っていることが苦痛で、食事中に疲れて安全な姿勢を維持できなくなってしまう場合もあります。摂食・嚥下障害の患者様の食事姿勢は、「頸部前屈位」が基本です。ただし、筋萎縮性側索硬化症(ALS)の患者様などは、舌が動きにくくて喉への送り込みができず、頭を後ろに反らさないと飲み込めないことがあります。舌がんの部分切除の患者様なども、舌による送り込みが難しいことがあります。これらの状況によっては、姿勢を後ろに倒してあげた方が喉への送り込みがスムーズにいく場合があります。
その際は、粘度の高いとろみ水やゼリーなどでは送り込みが大変となります。粘度の低いとろみ水などに変更したほうがよいかもしれません。とろみ水の適切な粘度は個々の患者様によって異なりますから、それぞれの嚥下機能に配慮してとろみ水を提供しましょう。
また、リハビリと食事との兼ね合いにも注意が必要です。医療者側は、少しでも早く自立できるようにとリハビリを急ぎがちですが、食事の直前までリハビリを行っていた場合、患者様が疲れてしまうことがあります。食前はしばらく安静にしてもらうなど、食事に集中できる状態を整えましょう。
口腔ケア
口腔内には、むし歯や歯周病に関わる細菌が多く存在します。これらの細菌が唾液と一緒に気管や肺に流れ込んでしまうと、「誤嚥性肺炎」を引き起こす原因となります。そのような疾患を防ぐ目的で、口腔ケアが必要とされます。歯ブラシなどを使って、口腔内を清潔にすることで食物残渣や細菌を除去し、衛生状態を改善していきます。
また、摂食・嚥下障害が患者様へ口腔ケアを行うことは、単に口腔内を清潔にするだけではなく、口腔内に刺激を与えることで、唾液の分泌活性化など感覚を取り戻す効果も期待できます。
摂食嚥下訓練
看護師による「摂食嚥下ケア」は、今ある患者の機能を最大限に引き出し、安全に経口摂取ができるようになること、あるいは誤嚥性肺炎を予防することです。看護師の業務は多岐にわたり、訓練時間を十分にとれないかもしれませんが、限られた時間内で看護をしながら関わることで、患者様の摂食嚥下機能が回復することもあります。
摂食嚥下訓練には、間接訓練と直接訓練があります。
①間接訓練(基礎訓練)
食べ物を用いずに、口腔・咽頭などの運動や感覚機能を高めます。これにより経口摂取を可能にしたり、誤嚥性肺炎を予防したりといった目的で行います。誤嚥や窒息のリスクが少なく、急性期から慢性期までどの時期の患者でも適用可能です。ただし開始条件には、全身状態が安定していることが前提です。重度の嚥下障害の場合は食べ物を用いない訓練であったとしても唾液を誤嚥する恐れがあるため、吸引器を準備するなどの対策が必要です。
②直接訓練(摂食訓練)
食べ物を使って「安全に」、「おいしく」食べられるようにするための技法です。実際の食事を用いて行う訓練ですから、誤嚥性肺炎や窒息のリスクに対する注意が必要となります。直接訓練ができる状態かどうか、判断基準に基づいてチェックしてから始めましょう。患者様本人の状態だけでなく、食事に集中できる環境かどうかも配慮が必要です。
認定看護師の「摂食・嚥下障害看護」分野
認定看護師とは、日本看護協会の認定看護師認定審査に合格し、ある特定の看護分野において熟練した看護技術と知識を有することが認められた者をいいます。現在特定されている21分野のうちのひとつに、「摂食・嚥下障害看護」があります。求められる知識と技術は以下が挙げられます。
- 摂食・嚥下機能の評価および誤嚥性肺炎、窒息、栄養低下、脱水の予防
- 適切かつ安全な摂食・嚥下訓練の選択および実施
より水準の高い看護技術を目指す看護師の方は、取得を目指してみてはいかがでしょうか。
日本看護協会/認定看護師 資格認定制度