専門看護師の分野として新たに『遺伝看護』が登場します。2016年に新設が決定し、2017年12月に初めて認定される専門看護師が登場する予定です。
遺伝看護専門看護師は、『対象者の遺伝的課題を見極め、診断・予防・治療に伴う意思決定支援とQOL向上を目指した生涯にわたる療養生活支援を行い、世代を超えて必要な医療・ケアを受けることができる体制の構築とゲノム医療の発展に貢献する。』(日本看護協会より引用)とされています。
近年、自宅に送られてくる簡単な検査キットを用いて体質や病気のかかりやすさを解析する『GeneLife』や『MYCODE』といった一般向け遺伝子検査サービスが登場するなど、遺伝的傾向から病気を予測する『遺伝/ゲノム医療』への関心が強まっています。今回は遺伝看護の必要性について考えてみましょう。
遺伝子研究の歴史
遺伝子研究の歴史は古く、1865年のメンデルの法則発見から始まり、1953年にDNAの二重らせん構造が発見され、2003年には人の病気や体質に関連する遺伝子の数は約3万2千個と推定されました(後に約2万2千個に訂正)。
こうした遺伝学の発展は、病気が発症するメカニズムの解明およびその予防・治療法の発明など医学の進歩にも大きく寄与しました。遺伝情報の「生涯変化しない」「血縁者間で一部共有されている」といった特性を活かし、医療の現場でも遺伝子検査を実施することで、特定疾患の将来的な発症を予測する発症前診断や、妊娠中に胎児の疾患の有無を調べる出生前診断といった予測的な診断が可能になりました。
健康志向の高まりや高齢化社会の訪れを背景として、病気への備えに対するニーズは近年強くなっています。そこで将来の発病を予測し、それに向けて備えることができる『遺伝医療』に期待が集まっています。
遺伝医療とは
6~7割の人々が一生の間に何らかの遺伝性の疾患、『遺伝病』にかかる可能性があると言われています。遺伝子の異常が健康に影響を及ぼすのは特別なことではなく、誰にでも起こり得ることなのです。遺伝病は一般的に「単一遺伝子病」「多因子性疾患」「染色体異常」の3つに分類されます。
単一遺伝子病は、一個(一対)の遺伝子の異常に起因して引き起こされる病気です。時として、がんや難病など重篤な疾病の原因となります。
多因子性疾患は、複数の遺伝子異常や日常の生活環境など複数の要因が組み合わさることで発症します。糖尿病や心筋梗塞といった病気、高血圧や肥満といった体質など、いわゆる生活習慣病がよく当てはまります。
染色体異常は、妊娠中の胎児に発生します。ダウン症の原因となり、流産・死産を引き起こしてしまうことも多くあります。
遺伝医療とは、これら遺伝病患者やその家族を対象として診断や予防、治療など長期にわたってフォローを行っていく包括的な医療です。そのフォローにあたって重要な役割を果たすのが遺伝看護師です。

遺伝病は誰にでも起こり得るからこそ、適切なフォローが必要
遺伝看護師の業務
遺伝医療に携わる看護師は、遺伝を要因として患者やその家族の健康に起こり得る影響についての教育をします。そして遺伝のリスクを踏まえた健康増進の助言をしたり、遺伝が引き起こす病気を治療するための手助けをします。
遺伝医療は『予測医療』とも呼ばれ、例えばがん患者を家族や親類にもつ人など、まだ病気になっていないものの遺伝的な傾向から発症の可能性がある健康な人にも医療を提供します。そういった人に対しては、医師による直接的な治療よりもカウンセリングや生活習慣の指導などのケアが主なサービスになります。
遺伝看護師に求められるもの
遺伝病というリスクを抱えた人に対して、よりよい療養生活を送ることができる方法を共に考え、提案していく遺伝看護師の業務を遂行するためには、以下のような能力が求められます。
患者のニーズの明確化
遺伝病にかかった患者は、自身の病気に遺伝的な課題があることを認識できているとは限りませんし、また一方で患者が遺伝によるものと思い込んでいても、特に遺伝性のある病気ではないこともあります。そういった患者に対して、遺伝的な角度から治療・療養の課題を明確にして看護計画を考え、実践していくのが遺伝看護師の役割です。
生涯にわたる生活の支援
遺伝性疾患はその特性から、患者が治療を行っても完治には至らず、生涯その病気と向き合わなければならない場合も少なくありません。療養生活の過程で訪れる様々な意思決定の場面で、遺伝看護師は支援を行っていく必要があります。
心理的支援
出生前診断で胎児の染色体異常が発覚するなど、遺伝性疾患が判明した患者やその家族は少なからず精神的なショックを受け、そしてその後の人生との向き合い方を考えなければなりません。また、倫理的な課題が発生することもあります。不安を抱えた患者やその家族に寄り添う身体的・心理的なケアも、遺伝看護師が力を発揮しなければならない重要な役割です。
チーム医療での協働
遺伝性疾患患者やその家族のケアについて、療養に携わるスタッフの全員が専門的に知識を備えているわけではありません。そこで多職種の連携を円滑に進めるため、遺伝看護師は遺伝医療に関して長けた知識を活かし、患者だけでなく一般の看護師や他職種からの相談にも応じていきます。

予測から次の世代まで、患者との長期的な関係を築くことも求められる
遺伝カウンセリング
遺伝看護師の活動をバックアップする団体として、冒頭で紹介した遺伝看護専門看護師の認定を行う日本看護協会の他、1999年に前身となる活動が始まっている『日本遺伝看護学会』があります。
日本遺伝看護学会では看護職の遺伝サービスに関する各種活動を展開しており、学術大会の開催や学会誌の発行、遺伝看護に関する講演会やセミナーの実施といった遺伝看護学の普及・啓蒙活動に取り組んでいます。
また、生命倫理や遺伝に関する問題に直面した人やその家族に対して実施する「遺伝カウンセリング」を研究・普及するため、『日本遺伝カウンセリング学会』が活動しています。同学会は遺伝医療の専門医と連携して遺伝カウンセリングを行う専門家である「認定遺伝カウンセラー」の認定を行っています。
まとめ
まもなく『遺伝看護専門看護師』が登場する背景には、遺伝子研究の進歩によって可能となった予測医療への強い期待があります。まだ発展途上の新しい分野ではありますが、今後ますます遺伝看護へのニーズは高まってくるでしょう。
遺伝医療は非常に先進的な学術分野で、患者個人やその家族さえ知らないようなプライベートな事情に踏み込む上での倫理観も問われてきます。確かな知識に基づいて看護を実践していくための学習が大切です。

専門看護師は患者に対して専門的な知識・実践に基づいた看護を提供する