いよいよ本格化する超高齢社会に備え、在宅医療などの推進とさらなる普及を図るためには、看護師の専門能力や業務範囲の拡大が鍵となります。今回は、看護師が行う処置の幅を広げる特定行為に係る看護師(特定看護師)になるための研修制度と、特定看護師の働き方について考察します。
医療課題の解決に必要となる看護師
2025年は、いわゆる団塊の世代が後期高齢者となるピークの年です。高齢者数は推計で3500万人に達し、全人口の30%を占めるという状態に。同時に続く少子化で15歳から64歳までの人口は7000万人にまで落ち込み、日本は国民の3人に1人が65歳以上、5人に1人が75歳以上という、どの国も経験したことのない未曾有の超高齢社会を迎えます。
高齢者が増えると、病院では一般病床と療養病床の数やバランスが追いつかなくなり、介護施設でもニーズに合わせて機能や人員配置を柔軟に変更する必要に迫られます。日本中で働き手の不足が懸念される中、看護師についても2025年には約25万人不足すると予測され、医療・福祉の分野で人材確保と育成が課題となります。
日本における高齢社会の過渡期に向けて在宅医療などを推進していくには、看護師の役割が重要です。例えば、医師の判断を待たずに看護師が一定の診療補助を確実に行うことができれば、チーム医療も円滑になるでしょう。その観点から現在、特定行為に係る看護師を養成することが急務とされています。
2025年問題と在宅医療の関連については、過去の記事もご参照ください。
看護のエキスパートを育成する新しい制度の誕生
大きな課題を抱えた2025年に向けて、厚生労働省は地域包括ケアシステムを構築し、在宅医療の推進を図っています。
医療・看護の分野では、2015年10月から医師の手順書に基づいて特定行為を行う看護師に対し、特定行為研修の受講を義務付ける「特定行為に係る看護師の研修制度」が制定されました。
この研修を受けた看護師は、医師の作成した手順書があれば医師の指示を待たずして必要な処置が行えるようになります。これによって医師不在の在宅看護の場面でも、訪問看護師で行える緊急対応の幅が広がり、患者やその家族がより安心して在宅医療を受けられるようになります。
制度の開始から日が浅いため、実際に研修を終了した看護師の総数は2017年8月の時点で584名、研修を行う指定機関は29都道府県で54機関と、まだ十分に普及しているとはいえません。過密な業務環境で看護職員を研修に出す余裕がないなど、現場からも普及に向けての課題が指摘されています。
より多くの看護師がこの制度を利用して特定行為に必要な専門知識と技能を身につければ、看護師自身の活躍のフィールドは広がります。今後実例が増えることでその具体的なメリットが実証され、将来の医療を支える制度としての姿が明白になると考えられます。
なお、この制度は従来の診療補助の範囲を変更するものではありませんので、看護師は医師からの手順書“以外”の指示の下であれば、特定行為研修を修了していなくても特定行為に相当する作業ができます。

平成29年8月時点での、全国の指定研修期間の分布図(出典:厚生労働省ウェブサイト(http://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/h25/html/nc123120.html))
研修の概要
受講資格としては3~5年の実務経験に加え、日本看護協会の書類選考を通過する必要があります。研修は厚生労働省が指定する指定研修機関で行われ、受講方法や費用についても各機関が決定します。研修の受講をお考えの場合、まず候補の機関で募集要項をチェックすることをお勧めします。
研修の内容は、看護全般に通じる「共通科目」と特定行為の区分ごとに学ぶ「区分別科目」があり、講義、演習または実習を通じて必要な能力を身につけます。全講義の半分程度はe-ラーニング(通信講座)による受講が可能です。
「共通科目」の履修に要する合計時間数は315時間で、臨床病態生理学や臨床推論、フィジカルアセスメント、臨床薬理学、疾病・臨床病態概論、医療安全学などの知識に加え、特定行為の実践を学びます。
「区分別科目」では1区分15~72時間が設定されており、どこの機関で・いくつの区分を受講するかによって研修にかかる期間は異なりますが、短期で3~4か月、長期でも1~2年で修了します。受講料も機関や区分別科目によって変動し、目安は30万円~250万円ですが、雇用保険の教育訓練給付を活用して費用の20%程度(上限10万円)を受給できる制度があります。また、一部自治体では基金を活用した支援も行っています。
特定行為に含まれる処置
医師の作成した手順書により看護師が処置を行えるものとしては、経口用または経鼻用気管チューブの取り扱いや胃ろうカテーテルの取り扱い、気管カニューレの交換、一時的ペースメーカの操作及び管理など、38行為21区分が特定行為となります。特定行為として規定された38行為には、急性期の医療現場で実施ニーズが高いものも含まれており、特定行為研修を修了した看護師は、在宅に限らず多様な場面での活躍が期待できます。
例えば、糖尿病患者の病態に応じたインスリン投与量の調整や人工呼吸器の鎮静管理・調整など、看護師がその場で必要だと判断すれば、手順書の指示のある範囲内では医師の判断を待つことなく自身の裁量でスムーズに処置できます。看護師が一定の診療補助を行うには、専門的な知識と技能が必要とされることはもちろん、経験と実践に基づく判断力も求められます。

医師が作成する手順書さえあれば、看護師にできることは大きく広がる
手順書の指示例
脱水症状を繰り返す患者さんの例を挙げてみましょう。
通常の医療体制では、医師が診察後、また脱水症状があれば連絡するよう看護師に指示を出します。看護師は経過を観察し、症状を医師に報告してから点滴の指示を受け、点滴を実施します。
この一連の流れに対し、医師が予め「脱水症状があれば点滴を実施することを看護師に指示する」特定行為に係る手順書を作成した場合、特定看護師は手順書に示された病状の範囲内で、医師の診察を待たず臨機応変に点滴を行うことができます。
具体的な手順書の記載事項 |
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看護師に診療の補助を行わせる患者の病状の範囲 |
診療の補助の内容 |
当該手順書に係る特定行為の対象となる患者 |
特定行為を行うときに確認すべき事項 |
医療の安全を確保するために医師又は歯科医師との連絡が必要となった場合の連絡体制 |
特定行為を行った後の医師又は歯科医師に対する報告の方法 |
まとめ
「特定行為に係る看護師の研修制度」の制定は、看護師が行う医療行為を高度なレベルで標準化することにより、急性期から回復期・維持期への移行を円滑に支えていくことが目的とされます。厚生労働省はこの研修制度で特定看護師を10万人以上養成することを目指しており、国と地域、医療機関が一体となって推進しています。積極的に利用すれば、看護師としてのキャリアプランにもプラスとなります。チーム医療で看護師がその役割を十分に発揮し、自信をもって看護に取り組むためにもぜひ活用したいものです。

医師と看護師による二重の処置体制になることで、利用者の安心と業務の軽減・効率化につながる