前回は病床数削減という社会情勢に照らした看護師のキャリアとして、訪問看護師という働き方をご紹介しました。今回は、訪問看護師として働く場合のキャリアプランについて考えてみます。
目次
訪問看護師になる経緯
まずは、平成25年3月の東京都訪問看護支援検討委員会報告書(http://www.fukushihoken.metro.tokyo.jp/kourei/hoken/houkanhoukokusyo.html)を元に訪問看護師として勤務している人のキャリア像を想像してみましょう。以下、本文中の「調査」という記載は特筆ない限り本報告書の内容を示します。
調査によると、都内の訪問看護ステーションの常勤・非常勤職員はともに前職が病院勤務だった割合が最も多い(常勤:42%、非常勤:36.1%)という結果が出ています。病院の訪問看護部門職員の場合も他病院からの転職率が34.1%で、病院での勤務を経て訪問看護に飛び込むケースが最多といえるようです。
訪問看護を始めたきっかけは「以前から興味があった」「訪問看護に魅力があるから」の2項目に回答割合が最多、継続している理由も「訪問看護に魅力があるから」が最多となり、多くの訪問看護師が前向きに訪問看護に取り組んでいることが伺えます。
年齢はどうでしょうか。ステーション常勤・非常勤・病院常勤の全てにおいて40代の職員の割合が最多で、次いでステーション常勤・病院では30代、ステーション非常勤で50代の割合が多くなっています。また訪問看護ステーションの職員においては、看護師としての経験年数が10年以上である割合が半数以上を占めています。
これらの調査結果からは、病棟で勤務を続けながら訪問看護師の仕事に想いを募らせ、十分な経験を積んだ上で訪問看護に挑戦する……そんな訪問看護師の人物像が想像でき、訪問看護師は看護師のキャリアとして病棟勤務の次のステップである、と考えることができます。
訪問看護師に経験が必要な理由
ところで、調査ではステーション常勤における新卒者の割合は0.9%という結果がありました。回答の絶対数として見るとわずか9名で、新卒訪問看護師の数の少なさを浮き彫りにしています。
前回の記事でも言及した臨床の現場で経験を積んでからでないと訪問看護はできないという一般認識について、新卒で訪問看護師を志望する場合を例に挙げ、『新卒訪問看護師』本人とそれを雇用する『訪問看護ステーション事業者』の二つの視点から考えてみます。
新卒訪問看護師の視点から
訪問看護の利用者には、小児から高齢者まで幅広い年齢層が存在します。そして症例も、認知・がん・糖尿・難病など多岐に渡ります。新卒で病院に就職した場合は特定の診療科に配属され、まず当該科の臨床経験を積むことから看護師としてのキャリアをスタートすることになりますが、仮に訪問看護ステーションに就職するとすれば、病院と同じようにはなりません(病院の場合でも、手術室や救急など科を限定しない部門に配属されればこの限りではありません)。
看護師として初めて取り組む業務で、いきなり多分野に及ぶ看護を実践しなければならないことが、新卒での訪問看護におけるハードルの一つです。また訪問看護の現場では医師も不在ですから、利用者の急変が発生した場合に果たして適切な対応を取ることができるのか、という課題もあります。調査でも「利用者や家族に対して安心できる介護や説明・アドバイスができるか」という懸念や、「知識だけでなく生きてきた経験が必要になり、荷が重すぎる」という声が上がっています。
訪問看護ステーション事業者の視点から
新人の訪問看護師が単独訪問できるようになるまでにかかる人件費や教育・研修といった金銭的・時間的コストは、訪問看護ステーションの事業者が経費として負担します。特に新卒の場合では、臨床経験がある看護師に比べて独り立ちするまでの時間がより多くかかることは想像に難くありません。
全国の訪問看護ステーションのうち、看護職の常勤換算従事者数が5人未満のステーションは約65パーセントを占めます。つまり大半は限られた人数のスタッフで運営する小規模なステーションであることが実情で、臨床経験がない新卒看護師の育成コストに耐えうる余力をもつステーションは決して多くありません。
訪問看護ステーションは世に登場してからの歴史が浅く、また新卒の採用事例数も極めて少ないため、新卒訪問看護師用の教育プログラムは十分に整備されていません。新卒で訪問看護を志望する看護学生がいてもその受け皿となれるステーションがないのが実情です。
まだ経験・知識・専門性を十分に持ち合わせていない新卒看護師と、そのまっさらなスタッフを育成する余裕がないステーションでは、マッチングが成立しません。結果、『臨床の現場で経験を積んでからでないと訪問看護はできない』という認識が一般化していると言えます。

訪問看護ステーションにおける看護職の常勤換算従事者数の円グラフ(出典:平成26年3月 訪問看護の質の確保と安全なサービス提供に関する調査研究事業 ~訪問看護ステーションのサービス提供体制に着目して~ 報告書(一般社団法人 全国訪問看護事業協会)(http://www.zenhokan.or.jp/pdf/surveillance/h25-1.pdf))
訪問看護で自分の強みを生かす
訪問看護師になるまでの経緯は人によってさまざまで、同じ臨床経験をしてきた看護師は一人として存在しません。だからこそ、各々の臨床で培ったスペシャリティが訪問看護で役立ちます。
利用者にとっても、自分自身の病状に見識が深い訪問看護師がいれば頼もしくなります。小児難病、緩和ケア、リハビリテーションなど……専門性の高い知識や経験があることで自分の強みが明確になり、またその知恵を共有することで、一人の能力が事業所スタッフ全員の財産になります。
訪問看護師としてキャリアを考える上で、特定の分野に関する知識や能力を深く備え持つことは非常に重要。その能力を客観的な尺度から証明してくれるのが、認定看護師制度・専門看護師制度です。
認定看護師制度と専門看護師制度
認定看護師と専門看護師はいずれも、特定の看護分野に対して水準の高い優れた看護を実践する役割を果たします。認定看護師制度には21、専門看護師制度には13の特定された看護分野があり、看護技術や知識として熟練を必要とし、広がりと深さをもつ事柄が選出されています。
認定看護師 | 専門看護師 |
---|---|
救急看護 | がん看護 |
皮膚・排泄ケア | 精神看護 |
集中ケア | 地域看護 |
緩和ケア | 老人看護 |
がん化学療法看護 | 小児看護 |
がん性疼痛看護 | 母性看護 |
訪問看護 | 慢性疾患看護 |
感染管理 | 急性・重症患者看護 |
糖尿病看護 | 感染症看護 |
不妊症看護 | 家族支援 |
新生児集中ケア | 在宅看護 |
透析看護 | 遺伝看護 |
手術看護 | 災害看護 |
乳がん看護 | |
摂食・嚥下障害看護 | |
小児救急看護 | |
認知症看護 | |
脳卒中リハビリテーション看護 | |
がん放射線療法看護 | |
慢性呼吸器疾患看護 | |
慢性心不全看護 |
認定看護の特定分野は看護の症例や場面を具体的に絞り込んでいるのに対し、専門看護の特定分野はさらに視野を広げた複合・包括的な看護ケアの例を定めているのが特徴です。
特定分野と訪問看護の関係性
訪問看護との関連がわかりやすい分野として、認定看護分野に『訪問看護』、専門看護分野に『在宅看護』がありますが、これら以外の分野が訪問看護に関係ないということは全くありません。
認定看護分野における『皮膚・排泄ケア』『摂食・嚥下障害看護』『緩和ケア』などは訪問看護と切り離して考えることはできない分野ですし、専門看護分野における『家族支援』『地域看護』などは地域包括ケアシステムの観点からも重要な役割をもっています。
認定看護師や専門看護師が在籍しているステーションだということがわかれば、その分野の看護を必要としている利用者は安心して頼ることができます。他事業所との差別化の意味でも、他社に負けない専門性を持つことをアピールするのは訪問看護事業所にとって今後重要になってくるでしょう。
描いた看護像を実現すること
認定・専門看護師など看護師という職位に付加価値を与える資格のほか、助産師や社会福祉士などの国家資格を取得している人々もいます。資格を取得することは、自身の思い描いた看護像を自分の手で形作るための手段の一つです。
経営者になる
自分で訪問看護ステーションを立ち上げることも、訪問看護師のキャリアパスとして大いに考えうる選択肢です。24時間対応や頻回訪問、自費サービスの拡充など、増加と多様化を続ける利用者のニーズに応える方法を考えながら、理想の看護像の実現を追求する仕事ができる数少ないビジネスモデルに歯ごたえを感じる、看護師から転身した経営者も少なくありません。
訪問看護師として勤務するうちに施設の管理者を任されることになったら、経営者のポジションを体験するチャンスです。管理者は訪問業務に加えて地域の関係各所との連絡・調整、全利用者の情報管理などの対外的な調整交渉の役割があり、また施設内部のスタッフの統率や労務・経理など経営管理の役割もある、組織の実質的なトップ。もし起業を考えるなら、必ず目指すべきキャリアパスでしょう。
管理者を経て、被雇用者という立場では叶えられなかったサービスを実現するために起業・独立するケースは今後も増加が予想されます。自分自身が磨き上げたスペシャリティは、起業において大いに役立つはず。
冒頭の調査によると、「ステーションの得意分野」という設問において『要介護高齢者』が得意分野だという回答が最多数を占めましたが、経営状況が黒字の事業所では『がん末期』や『リハビリテーション』を得意分野とする回答率が高い、という結果が出ています。看護師単体のみならず事業所全体として専門性を強化することで、経営も有利に進められるようです。
訪問看護が目的かどうか
病院での看護体制に不満を覚えて訪問看護師になった人々は、業務に取り組むうち、「病院でもっとできることがあったのではないか?」という新しい視点や、認識していなかった自身のスペシャリティに気づく瞬間があります。
一方で訪問看護師になっても、人手が足りなかったりオンコール対応をしたりして、気がつけば病院で働いていた頃と同じように日々の業務に追われて、訪問看護師を志したときの気持ちを忘れてしまう瞬間もあるでしょう。
そんな瞬間は、自分自身のキャリアを改めて見つめ直すチャンスでもあります。資格取得や起業と同様に、訪問看護それ自体もまた、理想の看護像を実現するための手段の一つであるということは、忘れず心に留めておきたいところです。

知識・経験・専門性を身につけることで、思い描く看護像に近づくことができる
次回は千葉県船橋市を拠点として各地に訪問看護・訪問リハビリ・デイサービスなどを展開する『さかいりはグループ』代表取締役・阪井春枝さん に、そのキャリアと経営のビジョンをインタビューします。