近年は地方移住・働き方改革といったトレンドもあり、都市から地方へと生活の場を主体的に移行していく人が増えているようです。
また、配偶者の転勤や家族の介護などやむにやまれぬ事情で、今住んでいる土地から離れなくてはいけない人もいるでしょう。特にこのような事情は、自分自身が予期できないタイミングで訪れることが多いものです。
ひとたび転居が決まってしまえば、新しい土地での働き方を考える必要があります。そこで今回は、地方における訪問看護の現状に触れてみます。自分自身も地方で働くことがあるかもしれないと想像して、そのとき自分がどのように働きたいかということを考える一助になれば幸いです。
目次
高齢化と人口減少が進む地方で起こること
地方から若者の数が減っていることは想像に難くないと思いますが、それに加えて日本では世代を問わない総人口そのものの減少も進行しています。日本の人口は2010年に1億2,806万人を記録して以来年々下降を続けており、政府の試算では、2048年には1億人を割るものと推定されています。
つまり若者だけでなく、高齢者人口の減少でさえも避けられないのが地方の実情です。するとそれにともなって起こり得ることが、地方の病院の経営破綻です。人口が減少すれば、病院を利用する人の数も減っていきます。利用者がいなければ病院は収益が上げられなくなり、事業の継続が困難になります。
病床数の削減は国の方針として進められていますが、意図的ではない不可抗力的な減少も今後避けられない事態といえるでしょう(病床数削減については、LALANURSEで公開中の記事「訪問看護という働き方 – 看護師のキャリアを考える」もご参照ください)。

高齢化率と総人口の推移と推計。棒グラフが総人口、折れ線グラフが高齢化率(出典:平成28年版高齢社会白書(概要版)(内閣府) http://www8.cao.go.jp/kourei/whitepaper/w-2016/html/gaiyou/s1_1.html)
訪問看護が地方の医療を支える可能性
病院がなくなっても、利用者は当然なんらかの代替手段で医療を継続する必要があります。しかし病床数が限られているなかで、一つの病院が抱えていた入院患者を全て転院させることは現実的ではありません。加えて通院患者にとっては病院の立地という問題もあり、別の病院に通うことが地理的に困難になってしまうことがあり得ます。
病床数削減とともに国が推進している在宅医療への移行は、こういった地方の課題を解決するためには非常に重要な役割を果たすことになります。そこで、訪問看護によって上記のような問題を解決できるかどうかを検討してみましょう。
株式会社ケアレビューの試算によれば、2025年時点での病床数の不足が予想されているのは、主に地方部の療養(慢性期)病床です。慢性期医療では頻回・大掛かりな手術は急性期に比べて少なくなるため、現場を支える戦力は執刀する医師よりも経過を見守る看護師に比重が重くなります。医師不在の現場で活躍する訪問看護師は、慢性期医療を多く必要とする地方部の医療ニーズに適しています。
通院するための立地という問題においても、医療の方から患者の自宅に出向いてくれる訪問看護であれば、患者側の負担は大きく軽減されます。
また、医療を提供する側の立場では、土地・建物や設備の維持費といった病院経営でかかる固定費について、病院に比べて規模が小さくなる訪問看護ステーションならばその費用を抑えられます。
地方での訪問看護が抱えるコスト課題
医療・看護業界のみならず、あらゆる仕事において共通して言えることではありますが、地方で働く訪問看護師の給与について、大都市圏と比べて低い水準になってしまうことは否めません。
訪問看護事業を営む上で、都市と地方という立地の差が経営のコスト面にも現れます。人口密度が異なるため、サービスを提供する範囲(距離)が同じでもその圏内にいる利用者の数は都市の方が多くなります。利用者となり得る人が商圏内に多ければ多いほど、経営的には有利です。
利用者数を確保するための手段として、サービス提供範囲の拡大が挙げられます。しかしサービスの拠点と利用者の居宅との距離が遠くなればなるほど、訪問用車両の燃料代が多くかかったり、看護師一人の一日あたりの訪問数が少なくなったりします。それらを補うためにはサテライトを設置したり、スタッフを雇ったりする必要があるので、そこからさらに事業運営のためのコストが積み重なっていきます。
土地・建物の賃料面で地方は都市よりも安く上がりますし、離島や豪雪地帯など特定の地域への訪問時に加算される『特別地域加算』、中山間地域への訪問時に加算される『中山間地域等における小規模事業所加算』『中山間地域等に居住する者へのサービス提供加算』など、アクセスに難がある場所への訪問が評価されて加算される報酬もありますが、これらの条件だけでは都市部の事業と同等の収益は上げられないのが実情です。

サービスの充実を考えればコストがかかる。どちらかに比重を置けばいいというものではありません
クオリティ・オブ・ライフを重視した生活を送る
単純に給与だけを見てしまえば、地方で働くことには不満が残るかもしれません。しかし賃金だけではない、生活の質が変わることが地方で働くことの魅力です。
都会の人混みもなく、山や海などの自然との距離が近い。キャンプやハイキング、マリンスポーツなどのアウトドアレジャーや、家庭菜園が趣味だったりすれば、都会より満喫できるでしょう。住居費も安く、広い家でのびのびと子育てをするには望ましい環境です。自分のライフスタイルと働き方の両立を大切にしたい人にとって、地方で生活することは選択肢の一つになり得ます。
また地域医療の観点からは、訪問看護が果たす役割が地方部でますます期待されてくるでしょう。仕事のやりがいという意味では、まだまだ発展途上の地方訪問看護という分野を新しく開拓していけるチャンスがあるかもしれません。ここで、島根県雲南市における訪問看護ステーションの事例を紹介します。
島根県雲南市の事例:訪問看護ステーション コミケア
島根県の内陸部にある雲南市では高齢化率の上昇と医療資源の不足が大きな課題となっており、地域医療ひいては地域コミュニティそのものの崩壊が危惧されています。そこでその課題を解決するために、若者の起業や地域活動を支援する現地のNPO法人「おっちラボ」の支援を受けて、平均年齢29歳のU・Iターン若手看護師3名による「訪問看護ステーション コミケア」が2015年7月に創業されました。
東京都で訪問看護ステーションの運営を行う株式会社ケアプロからの訪問看護のノウハウ提供を受けながら、地域住民が集まるサロン活動での訪問看護の啓発や、地域の医療職や学生などの訪問同行や見学を受け容れを行うなど地域との密接なつながりの構築を志しており、訪問看護ステーションによる地方創生を実践しています。
おっちラボは雲南市で地域プロデューサーを育成する「幸雲南塾」を開催しており、コミケアの設立もその塾生によるもの。地域のコミュニティを創造することに力を入れている雲南市では、地域の人々の生活を見守り健康なまちづくりに寄与する『コミュニティナース』という新しい役割でも看護師が活躍しています。
雲南市の事例は、地域を支える訪問看護のモデルケースとして今後も要注目の取り組みです。

雲南市の位置関係。コミケアの利用者は山間部の三⼑屋町・掛合町・吉⽥町に集中(出典:雲南市ホームページ http://www.city.unnan.shimane.jp/unnan/shiseijouhou/gaiyou/feature.html)
まとめ:今いる場所にとらわれない
地方における訪問看護の現状の要点は3つです。
- 訪問看護は、従来は病院が提供してきた地域医療の代替として今後重要になる
- 地方での暮らしは自分自身のライフスタイルとのバランスを考える必要がある
- 新たな看護分野の発展に寄与できる可能性を秘めている
転居や移住は、それが自分自身でコントロール可能であってもそうでなくても、人生の転機となる可能性をもつ出来事です。そして看護師の資格を持つ人は、住む土地に関係なくそこに看護を必要とする人たちがいればその能力を発揮して働くことができます。今いる場所にとらわれずに視野を広げてみると、想像もしなかった景色が開けるかもしれませんね。