人はどのような状況にあっても、その人個人の尊厳を維持したいものです。看護師の仕事はそのような倫理的ニーズに応えつつ、人々の健康な暮らしに貢献することが望まれます。日々の多様な業務のなかで、どのような心持ちで、どのように振る舞うべきなのでしょうか?今回は、患者の自己決定に携わる看護師の役割について考察してみます。
説明から同意を導く鍵~インフォームド・コンセント
患者がどのような医療を選び、望むのか。その方針を患者自身が自己の意思で決定する際に、まずは患者様とご家族が病状や治療について十分に理解する必要があります。日々そんなシーンに立ち会う看護師としては、医師やソーシャルワーカー、ケアマネージャーなどの関係者と患者についての情報を共有した上で、どのようなケアを行うか、またどのように提案していくかを相談します。
インフォームド・コンセントとは「説明と同意」を意味し、患者の自己決定を前提としているものであり、ただ単に病状を告知して同意書を求めるものではありません。患者側には病院や医師、治療を選ぶ権利があり、看護師を含むすべての医療従事者は、医療を受ける患者の気持ちや心情を汲み取り、適切な選択を導くために最良の対処をする必要があります。その意味で、患者様やご家族といちばん近い距離にいる看護師は患者の尊厳を守り、どのような病状にあっても人として保護されるべき権利を配慮したコミュニケーションを心掛けるべきでしょう。

インフォームド・コンセントとは「説明と同意」を意味し、患者の自己決定を前提としている
看護師が持つべき支援の視点~アドボカシー
看護の現場で、患者が自身の権利を守るための自己決定をできるように看護者が支援することを「アドボカシー(advocacy)」といいます。この言葉は本来、広く「擁護」や「支持」を指すもので、医療・介護・福祉の面では文字どおりの意味で提唱されています。看護師としても患者様やそのご家族が聞きたい、知りたいと欲している情報を得ることができ、医療サイドと患者サイドの双方が十分に理解し、納得した上で最適な意思決定となるように働きかけることは、重要な役割の一つです。
一方で、医師には自分の所見によって判断し処置する裁量権があります。医師の下した診断に基づいて治療を進める際、看護師は時として、他の医療従事者との意見の調整も行います。患者の情報を医療チームに報告し、調整と連携を図る役割を担います。患者の最適な意思決定を実現するためには、ご家族を含む患者様サイドに十分な情報を提供し、理解を促して患者自身が自己決定できるように働きかけることが必要です。
どう接するか~コンプライアンスとアドヒアランス
患者に自己決定権があるとはいえ、病院・医療従事者・患者の3者すべてが遵守すべき倫理があります。医療の現場では、患者が規定通りに薬剤を服用することを「コンプライアンス(compliance)」といいます。薬剤は量や服用方法を間違えると生命に直接影響を及ぼすことから、看護師は患者にその遵守を促し、正しく服用されているかどうか確認しなければなりません。しかし近年では、自らの意思で薬剤治療を拒否する患者に対応するために「アドヒアランス(adherence)」という概念が主流になってきました。アドヒアランスとは、患者が服薬や行動制限などの医療サイドからの指示に対して、自らの意思で同意し、実施・継続しているかを評価することです。患者が自らの意思で積極的に治療に参加することが重視されはじめてきたという点で、患者の自己決定権により近い考え方であるといえます。
また、医療の現場で用いられるコンプライアンスには、病院組織や医療従事者側による患者データの改ざんや個人情報の漏えいなどの不正行為を行わないという意味もあてはまります。法令遵守の姿勢と取り組みは患者に最適な医療・看護を提供するために必要不可欠な倫理であるため、すべての医療関係者が理解し、高い意識を持つことが望まれます。
患者に寄り添い、信頼関係を築くこと
看護師は、医師と患者様、そのご家族の間で架け橋をつなぐ貴重な存在です。治療に関するメリットやリスクといった重要な情報を提供する際にも、患者の視線に立って寄り添えば、治療を受ける側の複雑で繊細な心情や揺れる判断を推し量り、臨機応変に対処することができるでしょう。医師が説明をしている際など「何かわからないことはありませんか?」「ご心配なことはありませんか?」と声かけをすれば、さらに明確で建設的なコミュニケーションを図ることができるのではないでしょうか。
看護師が患者の自己決定をサポートするにあたっては、まず聞き役に徹することが重要です。医師の指示を聞き、その内容を正確に患者に伝達します。その際、自分の考えで情報を歪曲したり、解釈を押し付けることがあってはいけません。事実を曲げずに伝え、患者がそれを理解して、治療に向かい合うことができるよう時間をかけて寄り添うことが望まれます。
まとめ
世界89か国の医師会が加盟する世界医師会(World Medical Association)では、毎年秋に医の倫理や社会医学に関連するテーマが協議されています。1981年にポルトガルのリスボンで行われた第35回総会では、「患者の権利に関するリスボン宣言」が採択されました。以後、世界中の医療現場において、患者が人として尊重され、信頼関係を深めると共に安心して治療が受けられるようにするための共通指針とされています。一般に「患者の権利宣言」と呼ばれるもので、看護師を目指す段階に看護学校で学んだり、個別の病院でも同宣言が掲げられていたりするため、看護を含む医療従事者なら日頃から目にしているものです。
宣言書には医療従事者が知っておくべき患者の権利がまとめられています。「良質の医療を受ける権利」「選択の自由の権利」「自己決定の権利」「患者の意思に反する処置」「情報に対する権利」「守秘義務に対する権利」「健康教育を受ける権利」「尊厳に対する権利」など、医療専門家が世界共通の認識として守るよう努力すべき患者の主要な権利は、看護に携わる者にも必須となる大切なガイドラインです。国や人種の枠を超えて取り決められた概要は、人として共感できる項目ばかりですので、理解するのは決して難しいことではありません。ただ、実践が難しいというのが現状です。日々のやりとりで判断に迷った時は今一度、この基本を読み直して、自負と決意を新たに生き生きと業務に取り組んでみましょう。