チーム医療を推進し、看護師が役割をさらに発揮するため、2015年10月より「特定行為に係る看護師の研修制度」が創設されました。
特定行為研修とは、看護師が手順書により特定行為を行う場合に特に必要とされる様々な能力の向上を図るための研修です。今後の急性期医療から在宅医療等を支えていく看護師を、計画的に養成することが目的です。受講すれば、看護師としてのスキルアップを図ることができるものです。
今回はそんな特定行為研修制度についてご紹介します。
特定行為研修制度とは
「特定行為」とは、診療の補助にあたる行為のひとつです。看護師が行う場合には、「手順書」に従い、実践的な理解力や思考力、判断力、高度で専門的な知識と技能が特に必要とされる行為を言います。
手順書とは、医師または歯科医師が看護師に診療の補助を行わせるために、その指示として作成する文書のことです。「看護師に診療の補助を行わせる患者の病状の範囲」、「診療の補助の内容」などが定められているものです。
こうした、手順書に従い特定行為を行う看護師を養成する研修制度が、特定行為研修です。
特定行為研修の内容
特定行為研修の内容は、全て共通して学ぶ「共通科目」315時間(合計)と、「区分別科目」15~72時間に分かれています。
講義、演習または、実習によって行われ、研修機関によっては、講義、演習に「eラーニング」を導入することが可能であるとされています。
特定行為研修は厚生労働省が指定する指定研修機関、または指定研修機関と連携する協力施設で行います。
共通科目は、全ての特定行為区分に共通して必要とされる能力を身につけるための研修です。
区分別科目は、特定行為区分ごとに必要とされる能力を身につけるための研修です。
また、特定行為研修修了後には、指定研修機関が修了者に修了証を交付します。修了者の名簿は、各指定研修機関により厚生労働省に報告されます。
特定行為区分と特定行為の科目
特定行為はその内容ごとに21の区分に分けられ、全38種類の科目があります。
1. 呼吸器(気道確保に係るもの)関連
・経口用気管チューブ又は経鼻用気管チューブの位置の調整
2. 呼吸器(人工呼吸療法に係るもの)関連
・侵襲的陽圧換気の設定の変更
・非侵襲的陽圧換気の設定の変更
・人工呼吸管理がなされている者に対する鎮静薬の投与量の調整
・人工呼吸器からの離脱
3. 呼吸器(長期呼吸療法に係るもの)関連
・気管カニューレの交換
4. 循環器関連
・一時的ペースメーカの操作及び管理
・一時的ペースメーカリードの抜去
・経皮的心肺補助装置の操作及び管理
・大動脈内バルーンパンピングからの離脱を行うときの補助の頻度の調整
5. 心嚢ドレーン管理関連
・心嚢ドレーンの抜去
6. 胸腔ドレーン管理関連
・低圧胸腔内持続吸引器の吸引圧の設定及びその変更
・胸腔ドレーンの抜去
7. 腹腔ドレーン管理関連
・腹腔ドレーンの抜去(腹腔内に留置された 穿刺針の抜針を含む)
8. ろう孔管理関連
・胃ろうカテーテル若しくは腸ろうカテーテル又は胃ろうボタンの交換
・膀胱ろうカテーテルの交換
9. 栄養に係るカテーテル管理(中心静脈カテーテル管理)関連
・中心静脈カテーテルの抜去
10. 栄養に係るカテーテル管理(末梢留置型中心静脈注射用カテーテル管理)関連
・末梢留置型中心静脈注射用カテーテルの挿入
11. 創傷管理関連
・褥瘡又は慢性創傷の治療における血流のない壊死組織の除去
・創傷に対する陰圧閉鎖療法
12. 創部ドレーン管理関連
・創部ドレーンの抜去
13. 動脈血液ガス分析関連
・直接動脈穿刺法による採血
・橈骨動脈ラインの確保
14. 透析管理関連
・急性血液浄化療法における血液透析器又は血液透析濾過器の操作及び管理
15. 栄養及び水分管理に係る薬剤投与関連
・持続点滴中の高カロリー輸液の投与量の調整
・脱水症状に対する輸液による補正
16. 感染に係る薬剤投与関連
・感染徴候がある者に対する薬剤の臨時の投与
17. 血糖コントロールに係る薬剤投与関連
・インスリンの投与量の調整
18. 術後疼痛管理関連
・硬膜外カテーテルによる鎮痛剤の投与及び投与量の調整
19. 循環動態に係る薬剤投与関連
・持続点滴中のカテコラミンの投与量の調整
・持続点滴中のナトリウム、カリウム又はクロールの投与量の調整
・持続点滴中の降圧剤の投与量の調整
・持続点滴中の糖質輸液又は電解質輸液の投与量の調整
・持続点滴中の利尿剤の投与量の調整
20. 精神及び神経症状に係る薬剤投与関連
・抗けいれん剤の臨時の投与
・抗精神病薬の臨時の投与
・抗不安薬の臨時の投与
21. 皮膚損傷に係る薬剤投与関連
・抗癌剤その他の薬剤が血管外に漏出したときのステロイド薬の局所注射及び投与量の調整
※出典:特定行為とは
特定行為研修は、特定行為区分ごとの基準に適合するものとなっています。
研修を実施している指定研修機関は、大学院や大学などの教育機関、病院、団体などさまざまな機関があります。ただし、指定研修機関ごとに、上記の21区分のうち扱っている特定行為区分や募集人数が変わります。
研修の期間は、指定研修機関や研修を行う区分別科目によりますが、おおむね6か月~2年間で修了となっています。
どんな機関でどの研修が受けられるか、厚生労働省のウェブサイトに掲載されていますのでチェックしてみましょう。
特定行為研修受講でタイムリーなケアの提供が可能に
特定行為研修を受けた看護師は、医師や歯科医師があらかじめ作成した手順書(指示)によって、タイムリーに特定行為を実施することができるようになります。研修を受けるとどのように変わるのか、例を見てみましょう。

特定行為研修とは、看護師が手順書により特定行為を行う場合に特に必要とされる様々な能力の向上を図るための研修です。
例えば、脱水を繰り返す患者Aさんがいたとします。
研修受講前では、医師がAさんを診察後、脱水症状があれば連絡するよう看護師に支持を出します。看護師はAさんを観察中に、脱水症状を疑います。指示通り医師にAさんの状態を報告します。すると医師は看護師に点滴を実施するよう指示を出し、看護師が点滴を実施。最後に医師に結果を報告するという流れです。
看護師が医師の指示に基づいて処置を行うのは当然です。しかし、いつも医師との連絡がスムーズに取れるとは限りません。また、訪問看護などでは医師から離れて診療の補助にあたる行為が必要とされる場合も多く見られます。
スピーディーな対応を求められる医療現場において、もっと看護師が処置の判断を行うことができないでしょうか。
そこで、研修受講後の流れを見てみましょう。
医師はAさんを診察後、手順書により脱水症状があれば点滴を実施するよう看護師に指示を出します。看護師はAさんを観察し脱水の可能性を疑い、手順書に示された病状の範囲内であることを確認します。そこで手順書によりタイムリーに点滴を実施。最後にその一連の手順を医師に報告するのです。
もちろん、手順書に示された病状の範囲外の症状であれば、通常通り医師に報告した上で指示を仰ぎます。
看護師のスキルアップに
看護師としては、特定行為研修制度を受講することにより、自らの関わる医療現場にフィードバックされ、安全で質の高い医療に貢献できるようになります。さらに病態判断力が強化されて専門性をさらに発揮した実践ができるなど、「エンパワメント」も期待できるでしょう。
「エンパワー(empower)」という単語は、元々は「能力や権限を与える」という意味であり、エンパワメント(エンパワーメント)とは、個人や集団が自分の人生の主人公となれるように力をつけて、自分自身の生活や環境をよりコントロールできるようにしていくことです。研修によりスキルを身に着け、自身の看護師としてのキャリアもより良くコントロールできるはずです。
この特定行為研修制度は、始まってまださほど時間が経っていないこともあり、まだまだ認知度が低いことが課題です。現在のところ、制度創設当初に厚生労働省が掲げていた「2025年までに研修修了者10万人確保」という目標値の達成は厳しい状況です。しかし、今後は指定研修機関の増加も見込まれており、日本看護協会なども力を入れて取り組んでいく方針を立てています。キャリアアップを目指す看護師としては、いち早く研修を受講し、一歩抜きん出たスキルを身につけるチャンスといえるのではないでしょうか。