家族という存在は、生活の中で非常に身近であるためなかなか意識しないかもしれませんが、生活や健康を互いに支え合い、心の拠り所ともなる欠くことのできないものです。
高度成長期以降の核家族化、近年の少子高齢化社会の到来などで、家族の形は永らく日本の社会が形成してきたものとは変わりつつあります。だからこそ、今その機能が重視されるようになっています。
1994年には、「家族のセルフケア」の機能が健全に働くよう看護援助を行う、家族看護学の確立を目的に、日本家族看護学会が発足しました。
家族看護の定義は、「家族を看護の対象とし、家族が本来有する機能と家族の健康に関するケア機能を高める援助を行うこと」です。家族看護学では、家族に生ずる健康問題やそれに関連した要因へ看護援助を行うにあたり、家族看護の理論を活用して実証的な研究を行っています。
今回は家族看護の考え方と実践のプロセス、そしてそれらのプロフェッショナルともいえる、家族支援専門看護師についてご紹介します。
目次
看護援助が必要とされる3つのパターン
家族には、本来集団としての健康を維持していこうとするセルフケア機能が備わっています。例えば家族の一人が風邪をひいたらその家族が看病する、母親が出産したら父親も育児に参加する、高齢者に対して家族が介護するなど、家族にできるケアは様々なものがあります。それらの機能が健全に働くよう、看護援助を行うことが家族看護の考え方です。
家族に対する看護援助が必要とされるのは、どんな時でしょうか?
一例には、家族関係そのものに看護援助が必要とされる場合が挙げられます。新しく子どもが生まれ、家族に迎え入れるという際には、母親の母性の育成のみならず、父親の親としての自覚を育み、家族全体で新しい関係を築いていかなければなりません。弟や妹が増える場合も同様です。また、子どもを育てる過程では、子どもの自立に関する様々な問題行動に直面して悩む親もいます。こうした家族関係での課題を抱える家族に対して、看護者は援助を行い、健全な家族のあり方を育成・促進していく役割を果たします。
続いて、一人の家族が重大な健康問題を抱える場合です。家族にも大きな影響を与え、家族皆の健康に対する援助が必要となることがあります。例えば、障害者や高齢者を抱える家族は、身体的にも精神的にも疲弊してしまうことがあります。これらの介護を行う家族の健康状態を支えるのが家族看護の役割です。
最後に、家族が本来持っているとされる、家族の健康を守る機能を高めるニーズに応える場合です。こうした機能は本来、家族間が日々適切なコミュニケーションを取るなど、相互作用があれば維持されていくものです。例えば、家族の病気にいち早く気づき、早期発見することもその一つです。在宅介護を行っている家族が被介護者がいる場合、家族が分担して介護の役割を果たして負担を分散させるなど、家族全体で健康を維持することができます。そういった機能を高めるべくサポートすることです。
家族看護の目的
家族同士の健康を維持していこうというセルフケア機能は家族に本来備わっているものですが、なんらかの原因でその機能が脅かされたとき、看護が介入して援助しなければなりません。家族看護の目的は、援助することで以下の機能を正常に保つことです。
1.発達課題の達成
母親になるための母性の獲得や、小児期の成長や心身の健全な発達、自己実現や子どもの自立といった課題の達成へ向けて援助します。それらを阻害してるものを取り除くことで本来の成長を促します。
2.健康的なライフスタイルの維持
精神疾患患者や慢性疾患患者を持つ家族に対する予防的な教育を行い、家族としてのライフスタイルや情緒的なつながりの健全さを促進します。
3.健康問題への対応能力の育成
慢性疾患患者を抱えている家族に対し、健康状態を解決するための「問題解決能力」、介護者の健康を保ちストレスに対処する「対処能力」、いざというときの家族の力を高め、健康問題を抱えながら生活できるよう適応させる「適応能力」を高める援助を行います。
家族への情報収集
看護者は前述した目的のうち、どのレベルの援助がどの程度必要なのか、分析した上で援助に取り組みます。まずは現在の家族にできることは何か、あるいは限界はどこまでかを見極めておくことが必要となります。家族の看護に必要な情報を収集して家族像を形成し、看護上の問題を明らかにしましょう。
まずは以下の視点で情報を集めてみましょう。
①この家族にどのような出来事が降りかかり、それは家族にどのような影響を与えるものなのか。
②その出来事に対応する家族の力はどれほどか。強みと弱みは何か。
③この家族は発達上のどの段階にあるのか。
④この家族は過去にどのような危機にどう対応してきたのか。
⑤今現在、この家族はその出来事にどう対応しているのか。
⑥家族なりの対応によって、家族は適応しているのか、あるいは不適応状態か。
これらを評価していくにあたり、具体的には家族の様々な状況を把握する必要があります。
1.健康問題の全体像
①健康障害の種類(診断名など)
②患者の日常生活力(生命維持力、ADL、セルフケア能力、社会生活能力)
③医師の治療方針
④予後・将来の予測
⑤家族内の役割を今後も遂行できる可能性
⑥経済的負担
2.家族の対応能力
A.構造的側面
①家族構成(家族成員の性、年齢、同居・別居の別、居住地)
②家族成員の年齢
③職業
④家族成員の健康状態(体力、治療中の疾患)
⑤経済的状況
⑥生活習慣(生活リズム、食生活、余暇や趣味、飲酒、喫煙)
⑦ケア技術を習得する力
⑧住宅環境(間取り、広さ、設備)
⑨地域環境(交通の便、保健福祉サービスの発達状況、地域の価値観)
B.機能的側面
①家族内の情緒的関係(愛着・反発、関心・無関心)
②コミュニケーション(会話の量、明瞭性、共感性、スキンシップ、ユーモア)
③役割構造(役割分担の現状、家族内の協力や柔軟性)
④意思決定能力とスタイル(家族内のルールの存在・柔軟性、キーパーソン)
⑤家族の価値観(生活信条、信仰)
⑥社会性(社会的関心度、情報収集能力、外部社会との対話能力)
3.家族の発達課題
(育児、子どもの自立、老後の生活設計等)
4.過去の対処経験
(育児、家族成員の罹患、介護経験、家族成員の死等)
5.家族の対応状況
①患者・家族成員のセルフケア状況
②健康問題に対する認識
③対処意欲
④情緒反応(不安、動揺、ストレス反応)
⑤認知的努力
⑥意見調整
⑦役割の獲得や役割分担の調整
⑧生活上の調整
⑨情報の収集
⑩社会資源の活用

家族看護の定義は、「家族を看護の対象とし、家族が本来有する機能と家族の健康に関するケア機能を高める援助を行うこと」。
6.家族の適応状況
①家族成員の心身の健康状態の変化
②家族の日常生活上の変化
③家族内の関係性の変化
一つの単位として家族を理解するためには、当然家族を構成する個人に関心を向け、理解することが基本です。特にそれぞれの健康状態は、家族の対応能力や適応状態を把握する上で重要な判断材料となります。もちろん、それだけでは家族全体の姿を把握することはできませんので、個々の情報を家族の関係性や生活に再統合することで、家族像を理解するようにします。
注意点としては、ときにプライバシーに踏み込むことになり、患者や家族の感情を傷つけたり、関係が悪化したりという危険性があることです。そのため、あくまでケアとしての情報収集であるという目的を明確に伝え、プライバシーが保たれる環境で情報を収集するなど配慮します。不安や疑問などのを含めた家族の状況を、問いかけなくても相手から話してくれる、相談しやすい関係づくりを築き上げることが大切です。
看護計画の立案
看護診断によって家族の問題が明らかになったら、何を目標として誰にどう働きかけるのか、計画を立案します。
まずは家族の問題の全体像から、いくつかの仮説を設定します。「誰の何が変化すれば、どのような効果が期待できるか」を明らかにするのです。
続いて目標設定です。
家族と目標を共有するために、将来描いている目標を尋ねます。これが最終的に到達したいと思える長期目標となります。
将来の目標を現実的に描くのが困難だった場合は、それを見出す手がかりとして、看護者が把握した仮説を投げかけてみるのも一つの方法です。こうして出てきた目標の中から短期目標を具体的に設定します。それら短期目標が現実的に達成可能な目標となるよう、意見をすり合わせて家族のモチベーションとしていくことも大切です。
これらの目標が明らかになった次の段階では、それを達成するために、患者自身および家族がなすべきこと、それを看護者がどのように支援するのかを具体的にします。こうした対策案を作成してそれを検討するにあたっても、患者と家族が自ら問題に取り組むことを促し、お互いの意見を出してもらいます。目標に向かって検討することでも共通の意識が育成・促進されますから、これも家族援助の一つとなります。
家族看護の実践
立案された看護計画に沿って、援助を実践していきます。
1.個々の家族に対する援助
個々の家族に対して、健康管理のための助言をしたり、必要に応じて身体的ケアも提供します。これにより家族個々の健康レベルの維持・向上を目指します。こうして家族にセルフケア行動を促すのです。
また、健康的なライフスタイルや発達課題などに関する基本的知識や技術を提示します。例えば、精神疾患に悩む家族の場合、家族の知識として「自分たちの育て方が悪かった」「悪霊にとりつかれた」ではなく、それは一つの病気であり、対応の仕方によっては十分にコントロールできるものであることを認識してもらうのです。
そして家族それぞれには課題を出し、実際にどのような役割を果たせばよいかを示しましょう。それによって家族が発達課題を意識化し、具体的にどう対応していけばいいのかを考えることで、セルフケア機能を高めることができます。
こうして家族が知識や対応方法を知り、認識が生まれても、それだけでは不十分です。家族のセルフケア機能を高めていくには、まず家族が情緒的に安定した状態であることが必要不可欠であるからです。患者や家族の不安な気持ちを受け止め、家族の苦労を労い、精神的なケアを心がけましょう。看護者は常に家族のパートナーであることを伝えることが重要です。
2.家族の関係性に働きかける援助
家族間のコミュニケーションを促すための援助を行います。
まずは患者に、自身の望みや希望を表現することを促します。健康問題を抱える患者は、家族に迷惑をかけているという気持ちから生まれる遠慮があり、なかなか家族に本当の希望を伝えることをためらいがちです。それをありのまま正しく伝えてもらうことで、家族間のコミュニケーションに繋げるのです。その際、看護者は両者の間で伝達係になっては意味がありません。側面から促していくことが重要となります。
場合によってはコミュニケーションの方法を助言したり、話し合いの場を提供することも援助となります。
こうしたコミュニケーションの場では、家族それぞれが何を望んでいるか考えてもらいます。介護のような役割がうまく分担できていない場合には、その不均衡を家族自らがうまく是正していけるよう助言するなどして援助します。
3.家族単位の社会性に働きかける援助
介護など健康問題に対応している家族は、仕事や本来の生活を犠牲にしている場合が多いでしょう。そんな中で生活を工夫する余地がないか見直し、改善のための策を提案します。
自分の趣味を持つなど生きがいを持つ家族は、その生きがいを犠牲にすることなく、介護と趣味や生活を無理なく調和できるような助言も必要です。
また、高齢者や障害者の介護には社会資源の活用を図っていく必要もあります。行政などが提供するサービスをどう活用できるか家族に紹介し、家族の意思を尊重した上で導入するか決定します。
こうして看護診断に基づいた援助を実践したら、看護者はその援助が、家族のセルフケア機能を高めるために有効であったかどうかを自ら評価しなければなりません。見直すべき点が明らかになれば、看護計画を修正していきます。家族看護においてもPDCAサイクルが重要になるのです。
家族支援専門看護師になるには
これからますますニーズが高まることが見込まれている家族看護の分野。そこに関わる看護師は、家族支援専門看護師の資格取得を目指すことが望ましいでしょう。
家族支援専門看護師とは、2008年に日本看護協会が認定した新しい分野の専門看護師です。家族支援専門看護師の分野の特徴としては、
「患者の回復を促進するために家族を支援する。患者を含む家族本来のセルフケア機能を高め、主体的に問題解決できるよう身体的、精神的、社会的に支援し、水準の高い看護を提供する」
とされています。
専門看護師は、同協会の専門看護師認定審査に合格し、ある特定の専門看護分野において卓越した看護実践能力を有することを認められた者のこと。5年間の実務経験が必要であること、看護系大学院で所定の単位を取得することなどの受験資格を得たうえで、毎年1回行われる認定審査(一次が書類審査、二次が筆記試験)に合格しなければなりません。当然、認定看護師よりも難易度が高いとされています。だからこそ、特定分野の看護においてエキスパートともいえる存在です。キャリアアップを目指す看護師は、いずれはチャレンジしてみてはいかがでしょうか。
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